初盆、祖母との思い出。

祖母が死んで初めての盆、
つまり初盆を迎えた。
11月に亡くなってから、約半年。
まだ祖母が生きていると思うときが多々ある。


朝8時に叩き起こされ、
骨と魂を祭っているお寺に祖父母を向かえに行く。
お線香を上げ、神棚に参ってから
おんぶの格好をし、祖父母を家へと連れて帰る。


生前、別居をしていたので
この家に来ることは頻繁ではなかった。
むしろ、呼ばれないと来ないという間柄だった。
つまり、親父との仲が悪かったのだ。
死んでからこの家に祭られることに
祖母は天国で何を思っているのだろう。


遊びに行ったときは、ガキの遊びに付き合ってくれた。
ワシが小学生のとき、祖母の家の近くの公園で一緒に遊んだ。
缶蹴りをしたとき、ばあちゃんは老体なのに一生懸命走ってたな。
あんた、負けん気が強かったもんな。
その姿があまりにも滑稽で、兄弟たちと大笑いしていた。
その姿、今も忘れていないよ。


祖母には何でも助けて貰った。
中学校に通うための自転車を買って貰った。
大学入学が決まってからお祝いをくれた。
ワシは密かに『使わんで、大学卒業のときに返そう』と思っていた。
実現できなかった。
ばあちゃん、ごめん。


精神的支柱にもなってくれた。
或る夜、両親が夫婦喧嘩して母親が家出したとき、
子供のワシたちは何をしたら良いのか分からず、
とりあえず、自転車をこいで祖母の家へ向かった。
夜遅くに孫が神妙な顔で尋ねてくれば、誰だって心配する。
しかし、サイダーを出してくれて話をきいてくれた。
話が終わった後、家に電話してくれて親父と話をしてくれた。
ワシらが家に帰る際には、暗いから危ないと言って
自転車をこぐワシらの後からバイクで付いて来てくれて、
その灯りでワシらを照らして、家まで送ってくれたな。
心配かけてごめんな。


ワシが大学で福祉を学ぶことが決まったとき、
顔を丸くして喜んでくれたね。
一人暮らしで、息子娘たちと仲が悪くて
老後のこと、本当は不安だったんだよな。
でも、決してそれを外には言わんかったね。
病床でフラフラしながらも、大丈夫大丈夫と言ってたね。
気丈なばあちゃんを見て、ワシらは育ったんだぜ。
いい歳の取り方してたね、ばあちゃん。


上記のような言葉を何ひとつ掛けてやれなかった。
祖母の優しさを、もっと素直に受け入れることができなかった。


今宵、初盆。
祖母は家に来ている。
酒を飲みながら、話しかけた。

『ばあちゃん、ありがとう』


以上。


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by mikan_bivattchee | 2005-08-13 10:30 | 日記
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