カテゴリ:台湾( 11 )

台湾に関する雑感

今日は休みだったので、久し振りに家事をした。
掃除、洗濯、買い物だけでなく
撮り貯めていたビデオやパソコンでの処理など。


ふと目に留まったのは台湾での多くの写真。
様々な人との出会いとそれに纏わる思い出。
東アジアにおいて無二の素晴らしい親日国だが、
実は日本とは国交が無い。


台湾には中華民国政府がある。
大陸には中華人民共和国政府がある。
どちらも『自分たちが中国』だと言い合っている。
日本は大陸の方の『中国』を中国であると認めている。
先進国などの大半も、大陸を中国として認識している。


しかし、最近の台湾では、本土化が進み
「私たちは中国人ではない、台湾人だ」と主張する
若者たちも少なくは無い。
本土派が多い本省人たちは、以前から
「台湾は中国ではないと」主張している。



しかし大陸は一向に『台湾は中国の一部』だと主張し、
台湾が少しでも独立の兆しを見せようものなら
軍事演習などを行い、武力でもって圧力をかける。
持ち前の中華思想と領土拡張主義を掲げ
台湾のように素晴らしい経済力を持っている地域を
食い尽くしたい考えなのだろう。
私に周りに居た中国人留学生の大半も
『中国と台湾は統一するべきだ』と言っていた。


李登輝前総統の言葉が頭をよぎる。

『台湾は中国との統一を望んでいない訳ではない。
 しかし、統一したいと思わせるような国作りを
 中国は今まで一切して来なかった』という言葉。


知人の台湾人も中国は恐ろしいと言っていた。
『独立で大衆の幸福がもたらされないのなら
 消去法で中国との統一を選ぶであろう』と言った。
生粋の独立派だった現総統の陳水扁氏も

最近では大陸との対話路線だ。
ワシとしては、現状維持がベストだと思っているが
現状を保持することは、今後困難となるであろう。


台湾と日本の民間の交流は以前にも増して盛んだ。
中国各地で相次いだ反日デモの影響で
台湾旅行をする日本人観光客が多くなっているとのこと。
勿論、日本に来る台湾人観光客も多くなっている。


国土交通省の「ビジット・ジャパン・キャンペーン」
二年連続で「台湾親善大使」に選ばれた台湾人トップモデルの林志玲さん。

台湾滞在時にテレビで見たが、恐ろしいほどに細く綺麗。
日本にも熱狂的なファンが多いらしい。
林さんの母親は熱心な陳水扁総統の支持者として知られている。


今年の12月、また台湾へ行こうと思っている。
日本を愛して止まない日本語世代の邦人たちが、
胃袋が張り裂けそうなくらいに美味しい食材が
私を待っているはず。


以上。



気になるトピックス
・中国でけがの台湾人気モデル林志玲、帰国に直行便実現せず
・台湾総統 APECで中国と対話希望
・郵便局で小包が爆発 福岡市、けが人なし
・福岡4人殺害事件の楊被告、中国で死刑執行
・フジ佐野アナ「独で買春」発言

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by mikan_bivattchee | 2005-07-25 23:00 | 台湾

2005/05/05 八日目

明日台湾を発つのだが、朝が早い。
つまり、実質上今日が台湾観光の最終日なのだ。
時間を無駄にしないように努力しようと思ったが、
寝坊して昼前に起きてしまった。畜生。


台湾料理で有名な店に足を運び、昼ご飯を食べた。
店の名前は「欣葉台湾料理」
台湾料理は中国福建省にルーツがあるといわれている料理。
出てきたメニューはこれ。





豆腐や腸など、様々なもの口にすることができる。
そして、食後に出てきたお茶が本当の美味しい!
日本では食中にお茶などを飲むような習慣があると思うが、
台湾の場合は、食事中にお茶を飲むのは一般的ではない。スープを飲むのだ。
そして食後に熱いお茶をゆっくりと飲む。
この瞬間がたまらないくらいに、リラックスできるのだ。


台湾料理を食べきった後、台北駅にまでタクシーで移動。
今更言うのは何だが、タクシーの初乗りは70元(約210円)。
台北駅から電車で瑞芳(レイファン)駅まで移動して、
そこからまたローカル線に乗り換える。
このローカル線が、オイオイ大丈夫か、というくらいの絶壁の下を走る。

電車も様々なペイントがしてあって、かわいい。

20分くらいしてから、十分(シーフン)という地方にやってきた。


この十分という地方は、平渓と並ぶくらいに天燈(ティエンドン)が有名。
天燈とはどのようなものなのかは、後に説明することにする。
まず、十分近くの有名な十分滝を見にいくことに。
移動は徒歩で、さっき電車が走ってきたローカル線の線路つたいに歩く。
これがまた、田舎らしくといいではないか。


滝は物凄い勢いで流れて、小さな水の粒を作り出していた。
天気が良かったら、もっと涼しい滝を堪能することができたであろう。



さて、滝を見てから十分駅近くで天燈をしようということになり、
さっき来た道を歩いていく。またローカル線の線路伝いに歩く。
天燈というのは、軽い木の骨組みに薄い紙を貼って風船状のものを作る。
勿論、その紙はいろんな願い事などを書く。
そして、その元の紙に火をつけると、中の空気が膨張し、
天燈が浮き上がっていくというもの。
それが高く上がれば上がるほど、願い事が叶うというのだ。
渡辺満理奈のCMで一時期、日本でも有名になった。
夜に天燈を上げるとその灯りが瞬いて、物凄くきれいだという。


天燈をする店に入ると、太々が日本語で話し掛けてきた。
太々:「日本人ですか?」
彼女の話では、日本語教育を受けてきたので日本語は話せるとのこと。
また、彼女のお孫さんたちが日本やアメリカで活躍しているらしい。


で、天燈の紙に願い事を書いた。
台湾での思い出を、思い出しながら。
火を点けるのは、太々にしてもらって飛ばすことになった。
見る見るうちに、紙が膨張して今にも飛び上がらんとする。



ふわり、ふわりと灯りが風に揺られながら舞い上がっていく。

いつまでも、いつまでも
その天燈が見えなくなるまで天を見上げ続けた。
ワシの台湾の思い出を乗せて天へと高く上がり続ける天燈。


今回は一個しか飛ばさなかったから、あまり迫力がないのだが、
天燈祭りの際には、多くの天燈が一斉に上げられるのだという。
その模様がこの写真だそうだ。



こうして、私の台湾の旅が終わった。
どこか日本の懐かしさが感じられた台湾。
このように親日家が多い国は、アジアでは隣に出る国はないであろう。
食が贅沢でしかも安くて美味しい。
お茶は香りが良くて、心が落ち着く。
台湾女性はスタイルが良くて、肌がキレイ。親日的だし。


また来ること心に誓って。
ここで、ワシの台湾の話は終わる。
脳裏の雨は降り止まないが。


以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-05-08 22:46 | 台湾

2005/05/04 七日目

今日は台北市内をブラブラして、
小姐に声をかけてみようということで
様々な小姐にアタックしてみました。
ただ、声をかけて話をするというだけですので。
そこんとこ、きちんと理解して貰わな。


まず絵葉書を書いて友人に送るから、
切手を買う必要があったので、
郵便局の場所を歩いていた小姐に聞いた。
すると、すぐ道の先にあって聞いたのが少し恥ずかしかった。
同じ小姐にビデオテープを買いたいので、
電器店はどこですか?と尋ねると
これまた、目と鼻の先にあった。
本当に恥ずかしかった。


郵便局に入って、順番を待つ。
様々な人が行き交う郵便局で、果敢に挑戦するワシ。偉いぞ。
郵便局員さんはオバサンで懇切丁寧に教えてくれた。
切手を買って、貼って出すだけやけん、
そんなに気合い入れんでもと思ったけど
いい人だった。感謝。


その後、先ほど教えて貰った電器店に行ってビデオテープを買った後、
少し木陰で休憩して、台北駅行きのバスを探した。
どのバスに乗ったらいいのか、事前に調べてはいたが
確認のため人に尋ねることにする。
まず最初に尋ねたのは、初老の男性だった。
私たちの質問に対して、英語で答えてくるもんで、ちょっと拍子抜け。
結局、映画では問題の解決にならず、彼から答えを得ることは諦めることに。


目当てのバス番号がバス停まで走ってきた。アピールして停める。
無事にバスに乗って、運転の荒さに恐れながらも、車内の男性に声をかけた。
ワシ:「このバスは台北駅まで行きますか?」
男性:「勿論さ。直行で行くから心配要らないよ」
やっぱり、バス番号は間違っていなかった。


台北駅に到着し、構内で小姐に声をかけた。
ワシが午後に行く予定である淡水まで、
行き方はもう心得ていたが、
どの程度の時間がかかるのかを知りたかったからだ。


声をかけた小姐は若い大学生みたいな感じ。
ワシ:「ここから淡水までどのくらい時間がかかりますか?(中国語)」
小姐:「えーっと、30分くらいですよ!(日本語)」
ワシ:「有難うございます。え?日本語、お上手ですね?(中国語)」
小姐:「今、日本語勉強しています。
    淡水はMRTで30分くらいなので、こっちです(日本語)」



この優しい可愛い小姐は、案内までしてくれるというのだ。
私が中国語で話して、小姐は日本語で話すという
奇妙な状態でのコミュニケーションだった。
しかし、私はまだ台北駅近くを観光したかったため、
そのことを伝えて、お礼を言ってから小姐と別れた。
これまた、愛想が良くて可愛かったぁー。


その後、台北市内をブラブラ歩いていて、
228和平公園と228記念館に行くことを思いついて
またまた若い小姐に声をかけるが、二人に無視される。
いきなり中国語で行くから、警戒されると悟ったワシは、
最初は日本語で声をかけて、私は日本人ですと前置きした後に
本題に入ればうまくいくことを学んだ。


228公園と記念館では、日本語のできるボランティアの方が
私たちを案内して下さって、改めて事件の悲惨さを目の当たりにすることができた。

しかし、時間があまりなくて早足で館内を見なければならず、
次回来たときは、ゆっくり見るようにしたいと思った。


公園を出た後は、昼食をすることに。
食べたのは、またまた鶏腿飯と牛肉麺だった。



太々と老板にお礼を行ってから、外で出てファミマで水を買った。


水を飲みながら考えた。台北市内は大部分を行き尽くしており、
もはや観光として行くところが無くなったことに気づいた。
ファミマの付近で休んでいる最中に、一人の小姐が同じように休んでいたので
先ほどの教訓に則って話し掛けた。


すると、日本語が少しだけできる小姐で誰か人を待っている様子だった。
彼女との会話は、大部分は中国語で話すことができた。
ワシ:「この付近で、面白い観光場所はありますか?」
小姐:「え~?私、あんまり知らない」
ワシ:「何だそりゃー。あなたは台湾人ですか?笑」
小姐:「笑そうだけど、ちょっと待って考えてみる…」


すると、その小姐は携帯電話を取り出してどこかに電話をし始めた。
会話の内容を聞いていると、
どこか観光場所はないか友達に尋ねているではないか!
何ていい人なんだろうと、感心してしまった。
電話を切った彼女は、途端にこう私に尋ねてきた。
小姐:「台北101ビルは?」
ワシ:「行きました」
小姐:「じゃあ、九イ分は?」
ワシ:「行きました」
小姐:「淡水は?」
ワシ:「これから行く予定です」
小姐:「新光三越(シンクヮンサンユエ)は?」
ワシ:「行きました」
小姐:「龍山寺は?」
ワシ:「行きました」
小姐:「どこも行くところが無いじゃない笑」


始終笑顔で話してくれた彼女は、友達が待っているということで
申し訳ないけど、もう行かなきゃいけないということだった。
私は小姐の後ろ姿を眺めていた。小姐は見えなくなるまでバイバイしてくれた。


先ほど小姐が言っていた新光三越とは、三越ビルのこと。
買い物をする日本人が多いので行きたくなかったが、
時間を潰すために、火照った身体を冷ますために行った。
中では商品には一切目もくれず、とりあえず用を足して出た。


その後、台北駅に向かいMRT(モノレール)に乗って淡水へ。
乗っている電車が本当に淡水に行くのか不安だったので、
隣のオバサンに話し掛けた。
太々:「これは淡水に向かう電車であることが間違いないけど、
    途中で止まるかも知れないので、その時は乗り換えれば大丈夫」

と言ってくれた。
それに対して、ワシは「分かりました。聞き取れました」と台湾語で言うと、
太々はニコッとして「台湾語が上手ねぇ」と言ってくれた。
周りの乗客も笑っていた。台湾語は和やかな雰囲気をもたらしてくれる。


その太々が途中で下車した。お礼を言った。笑顔で応えてくれた。
すると、対面の若い小姐が私に声をかけてきた。
最初、見たときは「コイツ、日本人かなぁー」と思っていた小姐だった。
小姐:「淡水まで行きますか?」
ワシ:「はい!」
小姐:「それなら、乗り換える必要は…な・な、な」
ワシ:「っ・・・」(言葉が出るのを一生懸命に待っている様子)
小姐:「必要は…なな、ありませんよ!」
ワシ:「良かったぁ~ありがとうございます!」
笑顔になった。日本語が上手な小姐だった。


この小姐は淡水の真理大学で観光学を学んでいる学生だった。
本当に可愛くて、持って帰りたくなるような女性だった。
彼女とは淡水駅で別れた。
畜生、連絡先聞いて置けば良かった!
いやいや、そういう如何わしい心じゃなくて、
国際交流というかね。みたいな。


その後、淡水駅で観光した。夕日が本当にきれいだった。

淡水は大航海時代、ポルトガルやオランダ人が最初に入港した地方。
淡水川は魚が豊富で、原住民が川の近くに住んでいたが
ポルトガル人やオランダ人の迫害によって、山地へと逃れたという。


その後、船にのって八里(パーリ)という場所に移動して
原住民の料理店で夜ご飯を食べた。本当に美味しかった。
出てきたメニューは、肉料理を中心に凄かった。




これはウサギの肉。初体験だったけど、硬くて美味しかった。
あれよあれよと、原住民の料理が出てきてそれを口に運んだ。



店内では原住民の女性が、音楽にあわせて唄を歌っている。

いい雰囲気を満喫できた。


帰りには淡水河沿いを歩いた。夜景を目の当たりにした。
 


以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-05-04 22:46 | 台湾

2005/05/03 六日目

今日は台湾で最も有名な映画「悲情城市」の舞台となった九份(ジョウフン)へ行くことに。
この「悲情城市」という映画は、候孝賢監督の台湾映画作品で
台湾史上最も極悪な事件、228事件を題材にした映画である。

この映画はベネチア国際映画祭のグランプリを獲得した。
台湾での228事件を世界に知らしめた映画でもある。


少々長くなるのだが、ここで228事件の概要を説明する。

大東亜戦争後、国民党党首であった蒋介石
大陸で中国共産党の毛沢東との内紛に敗れ、
国民党民とその家族と一緒に台湾へと敗走してきた。


圧倒的な軍事力を持って台湾の実権を握った蒋介石は、
台湾国内に自治府を作り、外省人主導による政治を始めた。
これまで日本統治下で、規律正しい治安の良い生活をしてきた
本省人たちは、突然の外省人統治に戸惑いを感じ始める。


台湾に入ってきた国民党の軍隊などの外省人たちは、
日本人に比べてあまりにもみすぼらしく規範意識のないレベルの低い連中だった。
戦前、日本人教師により厳格な教育を受けていた本省人たちは、
外省人のモラルと知能の低さに驚く。
当時の本省人たちは『犬去りて豚来たる』と揶揄し、
日本人と中国人の差に嘆いた。


そして政治や教育などの、国家を築くうえでの重要な部分は
すべて外省人によって牛耳られた。
そして、彼らが行う闇権・腐敗・堕落・圧政・差別で、本省人は苦しめられる。
物価の高騰、治安の悪化、失業の深刻化、官僚と軍人の腐敗。
横暴と汚職が繰り返されたが、本省人たちはじっと耐えて我慢した。
やがて本省人たちは誰かともなく『日本精神』と囁くようになり、
昔の治安が良かった規範意識のあった日本統治を懐かしんだ。


そんな中、1947年2月27日、生活苦を理由にヤミ煙草を販売していた老女を、
麻薬取締員が暴力的に制裁し、煙草と売上金をすべて奪った。
その顛末を見ていた周りの本省人たちは「許してやれよ」「金を返せ」と叫んだ。
やがて市民たちが大勢集まり、日頃の外省人による圧政と差別に怒りをぶつける。
どんどんとエスカレートしてき、暴動が起こりかねない状況となった。
麻薬取締員は、怒り狂う市民に向けて発砲。一人の市民が死亡した。


これによって、本省人たちの怒りが爆発。騒ぎはたちまち台北全土に拡大した。
やがて本省人の群集たちは放送局を占拠。
日本軍の軍艦マーチを大音響で全土に流して、
『台湾人よ、立ち上がれ』と日本語で呼びかけた。
中には、日本の軍服で暴動に参加した者もいた。


暴動に対して、当初国民党は対話姿勢を取っていたが
実はこれは時間稼ぎに過ぎず、圧倒的な軍事力を準備した後、
本省人に向けて大弾圧を開始し始める。
日本の高等教育を受けてきたエリートたちが逮捕・投獄され、
その多くが裁判をうけることなく死刑に処せられた。
未だに行方不明のままの者もいる。


また、国民党は市民に向けて無差別にマシンガンで掃射した。
わずか2週間で殺害された台湾人は3万人にも昇るといわれている。
その後、発令された戒厳令は40年後の1988年まで続く。
言論の自由、表現の自由などは保障されず、
3人以上で密談することさえも禁止された。
戒厳令のなかでは、この228事件を口にすることさえもタブーとなっていた。
しかし、台湾民主化の父・李登輝氏が総統の座に就いてから
台湾でも民主化が急速に進み、言論の自由がもたらされた。


それで発表されたこの作品は、大きな注目を集めた。
228事件に真正面からスポットを当てた作品、「悲情城市」。
もし良かったら、是非鑑賞して頂きたく思う。


話を元に戻そう。
生憎の曇り空だったが、電車とバスを乗り継いで無事に九份に到着。
  
九份は以前、金の採掘場として栄えており、日本統治時代には栄華を極めた。
なので、日本の雰囲気が色濃く残っている町なのである。


やがて、金の採掘が減少し、金山は閉鎖。
町は急速に廃れてしまい、人々から忘れ去られた。
しかし、映画の大ヒットで息を吹き返した九份は観光都市となり、
今では雑誌などに必ず取り上げられるくらいの有名都市となった。


物静かな佇まい。独特の雰囲気が出ているのを、曇り空が助けていた。
 

映画の中でも登場する阿妹茶芸館は、レストランになっている。

入り口には「悲情城市」という看板がかけてある。
中に入って東頂烏龍茶を飲んだ。

心が洗われた。


淋しげな雰囲気のなか、曇の隙間を衝いて基隆沖を眺めながら
最高級のお茶を口にして、九份散策に疲れた脚を休める。
何と素晴らしい観光であろうか。
 


散策を続けると笛の鳴る音が耳に入った。
軒下建ち並ぶ店の一角に、原住民の笛を打っている店があった。
店員の若い小姐が笛を手に持って、
ウェイウォンの「EYES ON ME」という唄に合わせて吹いていた。

素晴らしい音色だった。思わず聞き眺めてしまった。


唄が終わるのを待って話し掛けた。「すごいね」
彼女は少し恥ずかしそうに「有難う」と、
笑顔で、日本語で答えてくれた。
その小姐は日本語を学んでいる大学生だそうだ。
九份に鳴り響く笛の音色。


九份観光が終わると、近くの港町・基隆(キーロン)までバスで移動。
基隆夜市は屋台に必ず看板があり、それに番号が振ってある。
それだけならまだしも、看板には日本語の解説も書いてある。
例えば、「テソプラ」(ンではなくソ。お前は2ちゃんか)等。

この夜市でも、小吃で様々な店を練り歩いた。

羊肉入りの麺。
カキの揚げ物。
山菜。


九份のお茶と、基隆の好吃料理を楽しめた今日は最高の一日でした!
以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-05-03 22:45 | 台湾

2005/05/02 五日目

朝起きて、台北市内で有名な行天宮(シンテンゴン)へ行くことに。
台湾人は信仰深い。先祖を大切に奉り、先祖を祭る墓を守る神を奉る。
行天宮はいつ来ても混雑している。人々が様々な拝拝をしている。


勿論、ボランティアの方がたくさんいて
観光客相手に拝拝のやり方を教えてくれたりもする。
以前来たときは、日本語の上手なお年を召した太太に教えて貰った。


長いお線香を持って、それぞれ廟の正面、左、右と順番に、
自分の名前と住所と生年月日と、最後に願い事を胸のなかで呟く。
その後、線香を射してから、三日月形をした木の片を二つ一緒に投げる。
これは神様に願い事が叶うか否かを尋ねているのである。
表と裏とかそれぞれ出たら、神様は「良い」と言っているのだと言う。
決して「叶う」と言っている訳ではないという。
へぇ~~~やっぱ自分の努力次第ってことかね。


拝拝を終えてから廟の地下に行って
挽面(ワンミェン)という、顔のうぶ毛取りをした。
本来なら、小姐の化粧の乗りが良くなるようにするものだと言う。
男性がするのはあまり、一般的ではないらしい。
それでも果敢に挑戦するワシ。


太太の前に座ると、白いパウダーを塗られて早速始まる。
糸を器用に使って、顔のうぶ毛を抜いていく。
ブチブチという音と共に、糸に絡まったうぶ毛が抜かれていく。
痛い。痛い表情をしていると、太太が日本語で「痛くない」と言って笑う。
抜き終わったら、アロエを顔に塗り捲ってティッシュで拭き取る。
お金は200元(約600円)で少々高め。
顔を触ると、本当にうぶ毛が取れていて、ツルツルの卵肌であった。
ビックリ!


その後、近くの脚底按摩(ジャオティアンモー)をしに行った。
按摩をする前に、脚を漢方薬を入れたお湯に5分浸ける。
脚がふやけてきた頃に、按摩の先生に呼ばれて席に着く。
脚底按摩は初体験で、TVで見てると痛い様子だったので、少し緊張。
絶対痛いやろうと、かなり構えていたら、
意外と…


痛かった!
あまりに痛いところをグリグリするものだから、
反応的に按摩の先生を殴りそうになったよ(笑)。


ワシの悪いところは、脊髄と肝臓と生殖器らしい。
脊髄って大丈夫かよ~って感じだったけど、悪いらしい。
そして、ビールは少量なら良いが、毎日はダメだと念を押された。
いや~脚の底を触るだけで、人体の状態が分かるってすごいね。
お金は40分で550元(1650円)也!安い!


昼ご飯は近くの中華料理で食べる。
メニューは、少し辛いスープとミミガーと水餃子。
  

水餃子は牛肉と豚肉とを食べた。スープで食べる水餃子も頂いた。
台湾での餃子といえば、水餃子が一般的だと言う。
日本では焼き餃子だが、水餃子もかなり美味しい!
毎日、美味いものばかり!太った!


午後は、台北の北にある白沙のビーチで海を見た。
生憎の悪天候と、風が強くて海に入ることはならなかった。
ビーチで戯れた後、台湾の北東にある港町、
基隆(キーロン)で海鮮料理をたらふく食べた。


 
 


伊勢エビの刺身とスープ
甘エビとキャベツのチャーハン(キャベツで巻いて食べる)。
カニの白身、蒸し魚のソテー。


どれもこれも、美味い。
美味しい料理を食べても、形容する言葉が見つからないくらいに
素晴らしい味をしている。これを毎日、毎食食べる台湾人は、幸せだ。
日本人は質素すぎるのかなぁと思うくらい、食に関しては差が有りすぎる。


美味しいご飯の後には、台北で一番老舗のお茶屋さんへ行くことに。
この店は台湾の観光雑誌には必ずと言って良いほど登場する、
歴史ある由緒正しい台湾茶芸の元祖の店なのだ。


そこで東頂烏龍茶と、東方美人茶を飲む。
茶房の見学をした後に、高級茶を買っちゃった。
あらら。日本に帰ってからゆっくり飲もうっと。
いずれにせよ、あぁー今日も楽しかった!

以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-05-02 22:45 | 台湾

2005/05/01 四日目

ホテルで朝食を取ってから、近くの廟に向かうことに。
廟の近くには様々な露店があり、客家料理などが多く売られていた。
やっぱり廟に入って、拝拝をすることに。



新竹で有名な「擂茶」(レイチャ)というお茶を飲むため店に入った。
擂茶は、胡麻と花生(ピーナッツ)と茶葉を臼の中に入れて、


胡麻の油文が出るまで、ひたすらかき混ぜる。
その後、出来上がったものにお米と緑色の粉末を入れて、
それにアツアツのお湯を注ぐと出来上がり。



その後、近くの滝を見に行った。


流るる滝の湿り気は、非常な固体の粉末のようで
それに陽はさらさらと、さらさらと
射しているのでありました。


お昼は客家料理の数々を食べた。




その後ハイヤーに乗って、約1時間かけて台北市内に帰ってきた。
少し休憩をしてから台湾の流行の発信地と言われる西門町へ行った。
流行の発信地といわれるだけ、オシャレな若者が多かった。
化粧をバッチリして可愛い小姐が多かった。
ミニスカートのセクシー小姐が多かったように思う。
男性もオシャレな人が多かったが、やはり半分くらいは少しダサめのかっこうだった。


靴やTシャツ、アクセ、キャップなどを買った。
どれもこれも、コピーか否か分からんが日本より割安感がある。
夜ご飯は、西門町内の有名な店で食べた。
豚肉カツと鶏肉の唐揚げ。毎日、肉肉肉肉ニクで太ってしまう。



台湾の食事はメチャクチャ安い。
一皿30元(90円)くらいで食べれてしまう。
ちょっと衛生上に問題があるのが、日本人には慣れない。
そして、夜市付近の廟のトイレは物凄く汚いので用を足す気になれない。
驚いたのは、大便をしてもティッシュは流さず、近くのゴミ箱に入れることだ。
かなりの抵抗がある。あと、ウォッシュレットがどこにもない。


勿論、西門町で有名な阿宗麺線(アーツォンミェンセン)を食べる。
麺線は、線のように細い麺とホルモンを、独自のスープで煮込んだ料理。

皆が店の前で立ち食いをしていた。これまた美味い!


毎日行っても飽きないくらい、様々な人間が交差する交差点。
いやはや、買い物と夜市は楽しい。
明日も楽しむぞ!


以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-05-01 22:44 | 台湾

2005/04/30 三日目

朝早くに起きて、台湾北西にある新竹へと向かうことに。
本日は快晴ナリ。誠に暑うござんす。
新竹は客家料理や、米粉(ミーフン:日本でいうビーフン)が有名で、
台湾一の強い風が吹くことで有名なそうだ。
この風を利用して作られたのが、台湾一美味いといわれるビーフンである。


その他、新竹は客家系人が多く住んでいるという。
台湾には大きく分けて、4つの民族が生活をしている。
1.原住民…マレーポリネシア系で、東南アジアから船を渡って台湾に行き着いたといわれている人たち。独自の文化と言語を使う。13種類存在している。
2.閩南族…大東亜戦争よりも前に、中国南部の福建省から渡来してきた民族。台湾人口の86%を占める。台湾語(閩南語)を使う。
3.客家族…大東亜戦争よりも前に、中国南部の広東省から渡来してきた民族。客家語を使う。
4.中国人…大東亜戦争後、蒋介石率いる国民党と、毛沢東率いる共産党が、中国大陸の覇権を争い内戦を続けた結果、国民党は負けてしまい、蒋介石は国民党を率いて、台湾へ敗走してきた。つまり、国民党員や国民党軍とその家族、および一緒に台湾に渡った中国人を指す。


といった感じで、台湾は多民族国家として形成されており、
その社会は極めて多元的なものである。
上記の他に、1を高砂族(高山族)、2と3を本省人、4を外省人
分けて言われることもある。
その昔、外省人が本省人を大量に殺戮するという事件等が発生した。
これを228事件という。台湾史上最悪の事件であった。

(このことについては、長くなるので後に触れることにする)
残念なことに、今でもその遺恨は尾を引きずっており、
台湾人民一つになれないのは、政治的、民族的な障壁に
歴史的な背景が複雑に絡み合っていることが要因であること分かる。


因みに日本統治時代を経験し、
日本語が達者で愛して止まないのは、2と3の本省人である。
言わずもがな、4の外省人は大東亜戦争後に台湾に渡来したので
日本語教育を受けておらず、日本語を話すどころか、
日本に対して敵対的である人もいる。


話を元に戻そう。
まず竹東駅に着いて、ここから電車で行くことになった。
竹東駅は日本統治時代に作られた駅で、今でも利用されている。

節々に日本の古き良き時代の佇まいが見て取れる。


駅の近くにも、東方食堂と言う名前の日本料理屋があった。



電車で20分程度経ったら、内湾という地方についた。
ここは有名な観光地で、街並みなどがレトロな感じで人気がある。


独特な雰囲気の道端を歩いていると、
道路沿いにガラス張りの小屋みたいなのが多数ある。
その中には、小姐(ネエチャンの意味)がミニスカートや水着姿で座っている。
最初、台湾で見たときは、街娼がこんな昼間から?と思ったが、実は違う。
台湾では有名な「檳榔」(ビンラン)と呼ばれる、
合法覚醒剤&嗜好品を売る店だったのだ。



檳榔とは台湾で取れる植物の実で、元来、原住民が嗜好品として口にしていた。
今では、重労働者やタクシーの運転手、ガラの悪い不良・ヤンキー、
流氓(リュウマン:チンピラ、ヤクザの意)の多くが、好んで口にする。


食べ方としては、まずその実を口の中に入れてかじる。
すると口の中が真っ赤になり、脳に覚醒作用がもたらされる。
口の中に溜まった真っ赤な実の汁は、唾を吐くようにして外に出す。
無論、これをしていると、台湾ではあまりいいイメージが持たれない。
以前、挑戦してみたのだが、あまりの不味さに断念した。


以下が内湾で食べた客家料理の数々である。


お腹一杯に食べたその後、
ラベンダーの花祭りが近くにあっているというので、そこへ行くことに。
その場所は随分山奥にあるのだが、多くの車や原チャリがいて大変混雑していた。
無事に着いてから、ラベンダー風味のアイスと飲み物を飲む。
勿論、花のラベンダーも写真でパチリ。



充分にラベンダーを堪能した後、内湾に戻って観光をした。
廟などで拝拝したり、日本統治時代の派出所を見たりした。



そして新竹の夜市でいよいよ、ビーフンを食べた!

柔らかさといい、風味といい、最高のビーフンであった!
相当美味い!
またまた小吃で二つ目の店でスープを飲んでから、本日の観光は終わり。


新竹のホテルで夜食にブタの軟骨唐揚げを食いながら、
ビールを飲んでいると、地震発生。台湾まで来て地震!?
地震発生地は台湾中東部の花蓮であった。マグニチュード5.8。
気にせずにそのまま寝ました。


以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-04-30 22:44 | 台湾

2005/04/29 二日目

起きた。とにかく暑い。背中に汗の伝うのが分かる。
整容をし、バスに乗った。

今日は台北市内の大きい公園である、大安森林公園に行く。
台湾のバスは運転が荒くて有名。
っていうか、台湾の運転事情は世界最悪と言っても過言ではないだろう。


無理も無い、あの狭い島に2300万人の台湾人が住んでいるのだ。
人口過密度が高過ぎ。
車は慢性的に交通渋滞なので、台北市では原付バイクが多い。

台湾での原付バイク多さは、地理的に見ても世界一の過密度。
人口に対する原付の数も世界一。




その原付バイクも2人乗り(合法らしい)、ノーヘルは余裕の当り前。
3人乗り、ペットを乗せて合計4人乗りも見かけたことがある。
信号待ちしている先頭車の前に原チャリの信号待ちスペースがある。


話をバスに戻そう。
日本のバスなどを基準に考えると、台湾バスの運転は有り得ない。
まず、バス停にきちんと止まらない。
余裕で行き過ぎたり、手前で止まる。
また、乗りたいバスが来たら、タクシーに乗るときのように
手を挙げたりして、アピールしなければ停まってくれない。
バス賃は15元(約45円)で、乗るときか下りるときに払う。
クラクションを鳴らし、我が物顔で飛ばす飛ばす。
そして急ブレーキ。
どないやねん。


大安森林公園に行く前に、朝食兼昼食をすることに。
日本でも数々出店している有名な中華料理屋の鼎泰豊(ディンタイフォン)。
ここの小龍包は世界一美味しくて有名らしい。
ニューヨクタイムズ紙の「世界の10大レストラン」で紹介されたほど。
どんなもんか、このC級グルメのワシの舌をうならせるか否か。
で、実際に注文して出てきたのが、これ。


小龍包(シャオロンパオ)
アツアツのパオを特性のソースにかけて、生姜の千切りと一緒に食べる。
食べた途端にパオの中から肉汁が出てきて、下を焦がす。
相当美味い!



乾麺(ガンミェン)
スープが少なくて、麺をそのスープに絡ませて食べる。
これまた麺の固さといい、スープの味付けといい、本当に美味い!
このような麺の食い方もあるんやなーと少しビックリ。



雞肉湯(チーロータン)
油の浮いた汁に浸かっている鶏肉。
スープと一緒に食べるといと美味し。


鼎泰豊でお腹を満たしてから、運動がてら少し歩いて大安森林公園へ。
ここは台北市のなかで有数の広い公園で、ゆっくりしてくつろげる。
朝方、公園では太極拳が見れるらしいのだが、もう昼過ぎだったので…。
公園では子供連れの親子が昼食後の時間を持て余していた。
公園内は花などが植えてあり、随分現代的な公園の佇まいであった。



また、公園内で写真撮影をしている結婚間近のカップルがいた。
台湾では、結婚予定しているカップルは衣装などを着て
プロのカメラマンに写真を撮って貰い、記念に残す習慣があるという。

写真のような衣装もあれば、チャイナドレスや、きわどい下着など
妖艶なポーズで求め合う男と女に様相を撮ることも、最近では流行っているという。
カップルに向かって「恭喜(ゴンシー)!」と、おめでとうの言葉を発すると、
幸せそうな二人の「謝謝你(シェシェニー)」という笑顔が返ってきた。


公園からは世界一高いビルの「台北101ビル」が見えた。

本日の天気は曇り。もう少し天気が良かったら、
もっともっと、ビルの景が映えたであろうに。


公園で少し戯れた後、台北市を走るモノレール・MRTに乗って
台北市北にある北投(ベイトウ)へと向かう。
この北投という地方は、温泉観光が有名で台北から30分程度で到着する。
北投ではそうそう有名な温泉に入って、その後、マッサージを受けた。
マッサージは全身コースで、身体だけでなく、顔の節々、足の指先まで及んだ。
相当気持ち良かった。日本での疲れがすべて溶けたようだった。


温泉とマッサージが終わった後、
台北市内に戻り、お茶を基にしたご飯屋へと足を運んで晩御飯を食べた。
コース料理を頼んだ。料理を待っている間、店内の茶杯を見物して回った。




下載の写真はこの店で出されたコース料理。
これは茶葉で煮込んだパイで作った春巻きや、
高麗菜を茶葉と一緒に炒めたものだった。
  



晩御飯の後、世界一高いビル台北101に昇った。
101階を僅か37秒で昇ってしまう。素晴らしいビルだ。
ビルの最上階では台北市内の夜景を一望できる。
  
勿論、日本語の解説テープを聴きながら夜景を望む。


紆余曲折しながらも、民主主義と自由経済の基に繁栄した台湾。
台北市内のオフィスビルや家々の窓から漏れる灯りを
世界一高いビルから眺める。
この灯りを中国に消されてなるものか。
そう心に念じながら、二日目は終了。

以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-04-29 22:43 | 台湾

2005/04/28 台湾到着

飛行機の中から台湾の本土を見つめる。


中正国際空港到着。麗しの島、フォルモサの平均気温は27℃。
気温の暑さだけでなく、湿度も高いため蒸し暑さを感じる。
まず髪を切りに行った。オシャレな美容室で満員だった。


切ってくれるのは、KENという若い男性だった。
男前で彫りの深い顔立ちをしていた。
たどたどしい中国語で髪型の載ってる雑誌を指差し、
この髪型にしてくれと言ってから目を閉じた。
起きたら短くなって、セットもバッチリだった。


台湾の若者の多くは、日本に対して好意的な感情を持っている。
彼らは哈日族(ハーリーズ)と呼ばれ、日本の音楽や映画、ファッションなどの
サブカルチャに影響を受けて、台湾流行の最先端をいく。
KENが親日家か否かは分からないが、
ファッションなどは日本の美容師風に見えた。


髪を切った後、食事をするために夜市へ出掛ける。
台北の松山駅に近くにある饒河街観光夜市という夜市がある。
夜市とは、食べ物・小物・服・動物など、
様々なものを扱う露店が多く並んでいる通りを表す。

台湾では到る所に夜市が存在し、大部分は廟の近くに広がっている。
廟は拝拝をする場所で、日本でいう寺院や神社みたいなものである。


台湾の夜市のなかでは、士林夜市が有名なのだが、
饒河夜市は規模も小さく、人はそれほどまでごった返していないので
買い物や食事をしやすい。私にとってはお気に入りな夜市のひとつ。


まず一つの店で食べたのは、これ。

臭豆腐(ツォトンフー)
読んで字の如し、強烈な匂いを発する揚げ豆腐。
辛いソースを少しつけて頂く。豆腐から出てくる熱いスープが舌を焼く。
匂いは置いといて、食べてみると意外とあっさりしていて美味しい!
因みに豆腐の隣にあるキャベツは、
酢風味で少し辛く、台湾式キムチといったところか。


台湾の食文化として、よく語られるのは「小吃(シャオツー)」
日本で食事をしようとするとき、一つの店でお腹いっぱいになるように食べるが、
台湾の場合は夜市などで、様々な店をハシゴして食べる。
だから、一晩で様々な店で様々なものを食べられる。
夜市特有の雰囲気に包まれながら、お喋りしつつ、口に運ぶ。
そりゃあ、お腹いっぱいになるわ。


二つめの店で食べたのは、これ。

薬敦羊肉(ヤオトンヤンロウ)
柔らかい羊の肉を漢方薬入りスープで煮込んだもの。
これまた美味い!スープと羊肉から出た油がマッチして、食べるのが止まらん!
ワシ、漢方薬とか飲んだことも触ったこともないから
ちょっと恐怖を感じてたけど、漢方薬のなかにも美味しいのがあるんやね。
店の人は行き交う人々に言葉をかけて、座る場所がないにも関わらず、
座れ座れと言う。それを見ながらワシらもお喋りしながらゆっくり食べる。



三つめの店で食べたのは、これ。

胡椒餅(フージャービン)
日本の番組でも紹介されたというくらい、この夜市では随一有名らしい。
胡椒で味付けした牛肉とネギを、白いパオの生地で包み込み、一気に焼く。
カリカリの熱い生地と、中の胡椒風味の肉がマッチング。相当美味い!
夜食で食べるため、外帯(お持ち帰り用)でもう一個買う。


もうそろそろお腹いっぱいになってきたけど
四つめの店へ。今度はデザート。


ごめんちゃい。この名前は忘れちゃいました。
老板(社長の意、夜市では「大将!」みたいな意味合いで使われる)の
フルーツの上に練乳をドロドロと、ぶっかけるの様子が豪快だ。
これまた、食後の甘い物は別腹でバクバクと食った。
老板はワシたちが日本人と知るや否や、すぐに話し掛けてきて
ワシたちが中国語少し出来るのが分かると、物凄い勢いで話し掛けてきた。
中国語のなかに、台湾語を織り交ぜると、老板は笑顔を作り
「お前は台湾語もしゃべるのか~!!」と友好的に話してくれた。


こうして一日目が終わった。よう食ったなぁー。
食い物ばかりの話になったけど、以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-04-28 22:42 | 台湾

いざ、台湾へ。

本日、同僚の丸井がワシに言った。
「どう?ノッてきた?ワクワクしてきた?」と。
最初は何のことを言ってるのか分からんかったけど
当たり前やん。

愚問よ。
そんなこと訊くなんて、愚の骨頂よ。
あんたの言う通り用意周到で準備万端で
荷物をまとめて、あとは行くだけよ。
麗しの島、フォルモサへ。

会社の同僚は皆、ハワイへ行くのだと言う。
充分気を付けて、充分楽しんで。
常夏の永遠の楽園ハワイでは、
ドジャーブルーの波があなたたちを歓迎し、
小麦色の肌で小粋なギャグをかます
陽気な妖艶なブロンディたちがあなたたちを魅了するはず。

ワシは台湾で美味しいものを食ってくるぞ!
皆、幸運と無事を祈る!

以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-04-27 22:42 | 台湾