カテゴリ:雑感( 9 )

ありがとう

最近、密かにハマっていることがある。
ネット上で見ることのできる動画やFLASHを見ること。


ネット上を中心に配信されているCMがある。
これらをバイラルCMという。
フジテレビのEZTVでも紹介されていた。
TVの影響とは物凄いもので
バイラルCMを配信しているHPのHIT率が高くなった。


ワシは以前からFLASHなどには関心があって
面白いやつや、感動するやつ、時事問題のやつ
様々なものを見ては、いいものを保存していた。


最近見たやつのなかで、とても感動するものと出会った。
ずっと、ずっと涙が止まらなかった。
これは、2CHの独身男性板を中心に起こった感動の実話を
FLASH職人が、実に見事に劇的に描いている。




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「ありがとう」って言いそびれたやついる?


挿入歌として使用されている
KOKIAの「ありがとう・・・」
という曲が
より多くの涙を誘う。

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KOKIA 『ありがとう・・・』


普段生きているなかで忘れてしまいがちな
『ありがとう』という言葉。

愛する者たちが、自分にとってどれだけ価値のあるものかを
気づかせてくれる素晴らしく、温かいFLASH。


この世に生を受けて早25年経つが
このように今、幸せに生きることができるのは、
ワシの周りに居る、沢山の人たちのお蔭。


今も、そしてこれからも、
ずっと、ずっと感謝の気持ちは忘れません。


本当にありがとう。



以上。


気になるトピックス
・選挙カー内で覚せい剤使用 小林容疑者
・琴欧州が9連勝、新関脇の新記録…大相撲9日目
・<6カ国協議>北朝鮮の核放棄など盛る 共同声明採択
・中田英、プレミアデビュー!後半11分から途中出場
・コンビニエンスストア、相次いで生鮮食品取り扱いの実験を開始

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by mikan_bivattchee | 2005-09-19 22:20 | 雑感

もしも願いが叶うなら

もし、願いがひとつだけ叶うとするならば
何をお願いするのだろうか。


大変返答に窮するのだが、
ワシとしては
「願い事の件数を1000個にして欲しい」という
お願いするかも知れない。


以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-09-18 23:41 | 雑感

遠距離恋愛

土曜日の2限目の授業は、
ワシにとって楽しみな授業のひとつだ。
生徒たちがワシの話に耳を傾けてくれる。
また、ワシも授業以外のことを沢山話すのだが。


今日はその補講があったので
皆に対していつものように雑談をしていた。
雑談の内容はそのときに雰囲気によって決まる。


時事問題、男女問題、社会問題等。
一番学生の食いつきが良いのは、男女問題である。
恋愛の話などをすると、興味津々に話を聞いて
自分たちからも発言したりしてくれる。


無論、授業のなかで男女の話などをすることは
決して良くないのだが、彼らに対しては自分の考えなどを
言いたくなってしまうのだ。


んで、話題は遠距離恋愛に。
遠距離恋愛を経験した者が15人中2人。
いずれも、九州と関東のケースだった。
遠距離とまでは行かないが、中距離恋愛は1人。


距離に愛は勝てるのか。
これは、いつの時代もテーマになってきた。
ワシも遠距離恋愛の経験があるが、
決して長くは続かなかった。
原因はコミュニケーション不足が大部分であった。


もし、ワシが今、彼女ができて
今から遠距離恋愛をせよと命ぜられても
できないような気がする。
お互いを想い合うが故に、やはり辛い。


しかし、このような恋愛を経験するのは
決して無駄ではない。
現にそれを乗り越えて、大きな恋を成就させた者も沢山いるはず。


昨年無くなった祖母なんて、
相手と全く連絡を取ることができないのに
20年間も遠距離恋愛を続けていた。


勿論、相手は天国にいる祖父。


何かの本に書いてあったのだが、
恋愛や失恋というものは、
将来、運命の人に出会うために
自分を磨く術だという。


大いに恋愛を楽しもう、若者たち。
ワシも。


以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-09-12 23:39 | 雑感

情けは人の為ならず

今日は二年生の卒業試験があった。
ワシは試験監督として入ったけど、
いつもは平気で遅刻してくるような子たちも
今日は緊張した面持ちで、静かに席に座っていた。

考えたら、一年前。
ワシが入職したばかりのとき、
彼らの前で挨拶をしたときのことを思い出す。
一番前の席の子が、いきなりペンを持ち出して
ワシの名前フルネームを自分のノートに書き出した。
なんだ、コイツ?ってかなりビビった。

そんなこんなで卒業を迎える彼らを
こうやって、試験監督。
いままであったこととかを思い出しながら
彼らに対して言いたいことを監督をしながら
自分のノートにしたためた。

内容は以下の通りである。

今まで皆さんに対して、適当なことばかりを言ってきましたけど
今日は少し、皆さんの為になるような話をしたいと思います。
まぁ、為になるか否かは、皆さんの受け止め方だと思いますが。

振り返ってみると、皆さんに初めてお会いしたのは、
ちょうど、一年前。私が挨拶しているのを尻目に
皆さんは人の話を聞かず、おしゃべりしたりしていました。

神は人間を作ったとき、一枚の舌と二枚の耳を与えました。
人間は生まれた時から、自分が話す二倍のことを人から聴かねばなりません。
人の話を聴かない若者が多い今日、
あなたたちは、自分の痛みや声を発することのできない利用者を相手にし
彼らの声なき声を感じ取らなければなりません。

学校の授業のなかでも、社会福祉援助技術という科目で
どうすれば、彼らの声を感じることができるか教えてきました。
そのなかで、「同情は禁物、共感するのだ」と教えました。
昔からのことわざにも、「情けは人の為ならず」という言葉があります。
中途半端な情けは、その人自身をダメにするという意味で使われています。
しかし、本当に情けをかけるのは良くない事なんでしょうか?

先日、新聞を見ていたら、三行の恋文というのがあって
その大賞に選ばれた作品を皆さんに紹介したいと思います。


「京都と神戸で遠距離恋愛なの」と私がぼやくと
「私なんて二十年も前から」とばあばが微笑んだ。
天国のじいじ、聞こえましたか


この中に出てくるお婆ちゃん、狂おしい程に愛苦しい高齢者に対して
情けをかけるのは良くないことなのでしょうか?
例えば、道を歩いていて小さな子犬2匹に出逢う。
可愛いと抱き寄せるが、1匹の子犬は次の瞬間死んでいた。
残されたもう一匹は、死んだ兄弟をペロペロなめたりしていた。
それだけの刹那で、人間は悲しい気持ちになれる。
つまり、相手の立場になれるってことです。
この情けというのは、人間に与えられた唯一の特権だと私は思うんです。

そもそも、「情けは人の為ならず」という言葉には
「情けを掛けると、掛けられた人は、また違う人に情けを掛けて…」
その繰り返しで、また自分に返って来るという意味もあるそうです。
つまり、情けは人のために掛けるのではなく、結局は自分のためだというのです。

情けばかりを掛けすぎるのは、勿論良くないことですが、
私は情の多い人は、人間的に魅力のある人だと思います。
そんな人に、皆さんはなって下さい。

皆さんがこの4月から現場に出ると
様々な利用者を相手にします。様々な利用者が皆さんを待っています。
彼らに情けをかけて、愛しましょう。
それが、やがて自分に返って来て、皆さんをより一層大きくするでしょう。

そして、最後に。
新しい門出を迎える者には、新しい道が開けます。
これからも身体に気を付けて、その道のうえで活躍して下さい。
影ながら応援しています。


書きながら気付いたけど、
これを彼らに伝える時間って、ないんよね。
卒業式まで彼らは来ないし。

そしたら、
私の心のなかと、ここだけで、留めておこう。

以上。
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by mikan_bivattchee | 2005-02-16 22:22 | 雑感

大晦日

こんちわ。年の瀬でございますね。
久し振りにブログを更新しますわ。
よう放置してましたわ。

2004年も残り後わずか。
毎年言ってるかも知れないけど
今年もまた激動の年でございました。

ここで、2004年における
ワシにとっての三大ニュースを。

1.今の職場に入職したこと
2.職場でいい仲間と出会えたこと
3.祖母の死

ワシにとっては、初めての社会の場だったので
かなり緊張していたんだけど、
同じ楽しみ等を分かち合える仲間と出会えたことも大きかった。
そして、祖母の死というものは
ワシに改めて家族の大切さ、生き方を考えさせられることとなった。

世間、社会を見渡してみると、
素晴らしい出来事や、痛ましい事件、
日本國の歪み・矛盾を表すニュースでいっぱいだ。
毎年の瀬に、このようなことを考えるが
年を追う毎に事件は残虐性を増し、
素晴らしい出来事が輝きを失っているように思われる。

そんな言いながら、ワシは大型連休ということで、
食って寝て深酒と夜更かし。今まで見れなかったDVD見て。
気づいたら深夜の2時とかになっちゃってるの。
このままで4日にちゃんと職場に行けるかいな。

というわけで、ワシ喪中ですから
来年早々の年始のご挨拶は失礼させて頂きます。
では、皆様。良いお年をお迎え下さい。

以上。
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by mikan_bivattchee | 2004-12-31 22:01 | 雑感

死と恋愛と忘却

お疲れだね~疲れてる身体を引っ張って家へ。
帰りの車では高速でもないのに100KM近く飛ばして
このまま死んだら、先日死んだ婆さんが責められるだろうなって。
「あんたが連れていったんやろー!」って、家族から責められそう。
そうなったら、婆さんごめんなさい。あなたのせいぢゃないよ。
ここに記しておくね。全部ワシのせいね。


『Mement mori』って言葉がある。
死を忘れるなという意味。
形ある物いつかは崩れる、栄えし者もいつかは衰える。
命あるものいつかは無くなる。
それは逃れることのできない現実なのかな。
我らが生きている世界で、命を炎を燃やしてるけど
死という現実の前では、風前の灯火やね。
あぁ無情。


我らが生きている世界は、
死という現実から逃げるためのもので溢れているのかも知れんね。
友達との交流や、恋愛、映画やスポーツなど、様々な娯楽。
すべては今を楽しむもので、死を忘れるためにあるようなもの。
そう考えたら、今という時間が貴重で仕方ないね。
何度も言うけど、貴重なものって些細な日常の中に隠れてるもん。


最近、身の回りで恋愛の話が多いんだけど
以前付き合ってた彼女のことが忘れられないんだって。
「どうやったら忘れられる?」ってワシに問われても…。
どうやったら、忘れられるんやろうね。
忘れないけん現実を前に、人間って何ができるんやろうね。


「忘れることはできんかも知れんが、
 そのうち、思い出す回数が減ると思う」
これが人間やと思う。


『無くしてみて初めて気づく、その人の大切さ』ってよく言うけど
無くしてみて大切だったって、気づかないのなら
その人は大切じゃなかったってことになるのかな?


いやはや、大切ではなかったって振り返る恋愛はしたくないね。
昔の唄の歌詞であったけど
「恋愛や失恋は、自分が運命の人に出会うために、自分を磨くこと」と。
自分を磨くことはいつまでもやっていたいけど、
必ずしも恋愛って形を取らなくてもねぇ~


まぁ、これからもストレスに負けずに
頑張っていきますわ。


以上。
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by mikan_bivattchee | 2004-12-07 21:55 | 雑感

未だ見ぬ『世界の中心で~』の地へ

こんちわ。最近めっきり寒くなって来ました。
街路樹は色づき始め、通る者を魅了しますな。
そろそろ街灯を点けましょうか。

黒い夢から抜けるために。


もうすぐ紅葉の落ち葉が、
趣きに満ちた風景を作り出し
風情ある日本文化を感じる季節の到来を告げます。
目の前でございます。
できれば、豪州に行く前に紅葉を見たいものです。
黒い夢から抜けるために。


11月7日から『世界の中心で愛を叫ぶ』のなかで出てきた
オーストラリアに、学生の研修引率のために行ってきます。
日本語さえ覚束無い自分が、前頭葉の英知を結集し、英語を駆使して
多民族国家の豪州で、ハッスル頑張ってきます。
黒い夢から抜けるために。


ですが、その前に私が愛して止まない
第一回妄想の会が、宮崎の遠征を致します。
それが楽しみ楽しみで、楽しみが昂じて妄想になっております。
ダイエー選手たちと、あんなコト、こんなコト…。
むしろ、私にとっての世界の中心とは
今のところ『宮崎』
ダブルスで、ダントツ鉄板レースで、タイムリーヒットの
ハットトリックです。


今のうちから、
妄想、虚言、狂言、独語、戯言が止まりません。
自分でもそれを止めようとしません。
やはり、黒い夢から抜けるために。


以上。
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by mikan_bivattchee | 2004-10-30 21:35 | 雑感

地が震え、人間のなかの羅刹が出る

新潟県中越地方を襲った直下型大地震が起きて、
もう丸三日が経とうとしている。
震度6強の揺れが、間を置いて三回も彼らを襲った。


寒の深くなる東北地方の神無月。人々は投げ出され路頭に迷う。
公共施設に集団で避難しているが、そこに支援物資が届くと、
まるで阿鼻叫喚の如き世界であるという。支援物資を奪い合う様。
ボランティアや支援隊の人たちは、この様をどのように思って見つめているのだろう。


このニュースを見聞いていると、あるふたつの神話が思い浮かんだ。
羅刹の世界だ。羅刹なるもの、鬼が自分の身を生かすために他の鬼の肉を喰らう世界。
つまり、人間も鬼も同じ羅刹の世で生きていると思ったわけだ。
しかし、羅刹という現代のなかに人間が生きているのではなく、
人間の愚かしさのなかに、羅刹というものが生きているのだと思う。


もう一つは、修羅の世界だ。織田信長が宗教弾圧を行い、仏殿に火を放った。
逃げ惑う宗教家たちに向かって、信長は火縄銃を向けて、次々と発砲した。
弾丸が当たっても怯むことなく、我先にと逃げ惑う宗教家たち。
なかには他人を盾に使って、弾丸を避けていた者さえあったと言う。
自らを律することが求められた宗教家でさえ、自らの身を生き長らえるために
他人を盾に使ったという。


窮鼠、猫を噛む。


追い詰められた人間は、他人を犠牲にして、良心の呵責も感じず、
我先の幸福を追い求めてしまうのであろう。
正に羅刹と修羅場。


あぁ無常。以上。
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by mikan_bivattchee | 2004-10-25 21:33 | 雑感

呪怨の魂

遅ればせながら呪怨を読んだ。
実に興味深い冒頭の記述だった。


人間が死亡する瞬間に、
体重はどう変化するのか。
神に召された魂が昇天する時、
それが抜けた人間の体の体重は?


魂が抜ける前と後での、人間の体重に変化があったと言うのだ。
医師は『この体重の変化は、生存期の行いに因果関係を持つ』と提唱した。
つまり、後悔の念、怨念を持つ者ほどこぞ、
体重の変化が激しいというのだ。
財産目当てに殺された卿、妻に浮気され殺された夫、
冤罪で死刑に処された死刑囚など。
この世に恨み辛みを残す人間ほど、魂に重味が感じられるという。


私がこの世から去る時は、どのような体重の変化があるのだろうか。
魂の重みはあるのだろうか。
また、死ぬときは、今の私よりも何キロ体重増加をしているのだろうか。
デブになっているのだろうか。


以上。
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by mikan_bivattchee | 2004-09-25 22:05 | 雑感